ホーム > 埼玉人生100年時代の楽しみ方研究所 > 「応援」という形の地域活動-誰かの心を支えることが自分の幸せに
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「いくつになっても幸せは見つけられる」
そんな言葉をよく聞きますが、「幸せ」という形のないものをどう定義すればよいのでしょうか。
童話『幸せの青い鳥』では、幸せは自分の手元にある、という教訓を私たちに伝えています。「幸せ」の定義は人によって違いますが、ネガティブな心理状態で家にこもって社会から遮断された日々を過ごしていては、「幸せ」はなかなか感じづらいかもしれません。
もしあなたがこのように悩んでいるなら、この記事が手助けになるかもしれません。
今回ご協力くださったのは、幸福学の第一人者である前野隆司教授(慶應義塾大学)と、武蔵野プリティープリンセスの工藤陽介監督です。「幸せとは何か」「自分も人も幸せになれるちょっとした行動は?」などのお話から、あなたの答えを導くためのヒントにしてください。
年を重ねるにつれ、「若いころはよかった......」と感じ、まるで昔のほうが幸せだったように思うかもしれません。しかし前野教授によると、幸福度を感知する力はU字型を描いており、40代前後に比べてシニア世代のほうが幸福感を覚えやすのだそうです。
幼少時から青年期までの幸福度は高く40代に向かって下がり続け、その後50代くらいから再び上がっていきます。60代には20代の頃と同じぐらいの幸福度になるそうで、まさに「第二の青春」という言葉がぴったりです。長生きすればするほど幸福度が上がるという学術的結果は、ある種の希望ではないでしょうか。
また、年を重ねると「老年的超越」といって、物質的なものよりも、精神的なもののほうに重きを置くようになる傾向があります。シニア世代は人生の中でも最も深い幸せを感じられる年齢といえるとおっしゃっていました。
ここで質問です。あなたの交友関係はどのような形でしょうか。仕事を通じで知り合った同僚や上司、部下。子どもを通して知り合った地域の人たちが多いかもしれません。
しかし定年を迎えて仕事は引退、子育てもひと段落して手を離れてしまうと、残るのは自分自身の世界です。
過去に知り合った人たちとのつながりはあっても、新しいつながりはできづらい毎日。なんとなく世界が狭くなっていたような、世間から取り残されているような気持になり、家の中にこもりがちになってしまったりする人は少なくありません。
人が幸せを感じるためのキーワードは「やりがい」「生きがい」「つながり」だと言う前野教授。日々の生活で主体的に考えて行動を起こせばワクワクし、心がときめいて幸せを感じられる、ということは想像に難くありません。
よく、「家にこもってテレビばかり見ていないで、外に出た方がいい」と言いますが、研究の裏付けもあります。長時間のテレビ視聴は死亡リスクを高めるという研究データ *1) がこちらです。
出典:大阪大学医学系研究科公衆衛生学教室磯博康教授筆頭著者:白川透MD研究者(現在医師)
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2016/20160727_1
外に出なくても、例えばプラモデル作りや盆栽、陶芸や読書など、主体的に楽しんでいれば、それだけで十分に幸せを感じることができるでしょう。しかし、ここに少し工夫をすることで、同じことをしていても幸福度が大きく上がるとなればどうでしょう。
自分の趣味を他の人に共有してみたり、人のいる場所で活動してみたりするなど、ちょっとしたことでずいぶんと気持ちが変わり、幸福度が上がることが研究によりわかっているそうです。もし「より幸せに生きたい」と思うのであれば、今ある趣味に「つながり」をプラスしてみてください。
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前野教授はこんなこともおっしゃっていました。
「幸せを感じることには、より具体的な利点があります。」
「例えば人が幸せを感じる時、免疫力が上がることがわかっています。これはつまり、幸せな人は健康状態を維持しやすい、ということです。また、幸せを感じている人と感じていない人では、寿命が7~10年も違うという研究結果もあり、健康寿命も長くなるということもわかっています。」
幸せを感じるとホルモンが分泌されます。自分自身が何かを成し遂げた幸せを感じているときには「ドーパミン」というホルモンが分泌され、他の人の幸せが対象のときには「セロトニンとオキシトシン」という愛情ホルモンが分泌されるのだそう。
愛情ホルモンが分泌されると自己肯定力が高まるので、自分に自信がつき、周りに目を向ける余裕も生まれてきます。そして、「誰かのために何かしてみようかな」という気持ちが芽生え、行動しているうちに自然と人が集まってくるのです。
あなたが周りの人のために何かをすることで、周りの人も同様にあなたのために何かしたいという気持ちになります。その結果、あなたの夢や希望が叶う確率が上がるというわけです。ですが前野教授はこうも言っていました。「自己犠牲や我慢のし過ぎは禁物。相手のためになるだけではだめで、自分が楽しめることも大切」だと。相手の幸せが自分の幸せだと思えることを積極的に行うことが大切なようです。
障害者女子ソフトボールチームの監督をしている工藤陽介さん。監督として常に選手たちに寄り添い、選手の気持ちを敏感に感じとっておられます。
毎週土曜日、埼玉にある秋ヶ瀬公園 (現在は台風によって一時的に封鎖中。2020年に再開予定) でソフトボールの練習をしている彼女たち。普段はその活躍が注目されることはあまりありませんが、ソフトボールをしている時に周囲の応援を感じると、いつも以上の力が出るそうです。
スポーツをしている人というのは、「スポーツが好きだから」「ちょっとでも戦力になれるように」と頑張っているのであって、人に応援してもらうために頑張っているわけではありません。しかし、グラウンドに応援してくれる人がいる時といない時では、やはり違いがあるのです。」
<工藤監督と武蔵野プリティープリンセスの選手関係者>
ソフトボールの試合や練習時に、そばで応援することだけが応援ではありません。公園でソフトボールをしていると、通りかかったおじさんやおばさんが足を止めて見ていかれることもあります。
工藤監督は「遠く離れたところからでも、その視線に選手たちは気づき、それが彼女たちのパワーになっている」とおっしゃっていました。そばで声を出して応援してくれることはもちろん選手たちのパワーになりますが、遠くから見つめているだけでも十分にパワーになるというのは、不思議なものです。
<工藤監督(左端)>
応援することでどんな気持ちになることができるのかと、工藤監督に尋ねてみました。
工藤監督はスポーツ全般が好きなので、オフの日にはよくスポーツ観戦に行くのだそうです。その時はもちろん、監督ではなく応援する側に回ります。
応援しているときに感じるのは、選手に自分を投影して一緒にグラウンドを駆け巡っているような感覚になれるとのこと。
応援しているチームが勝てば、選手と一緒になって嬉しい気持ちになるし、チームが負ければ選手と一緒になって悔しい気持ちになる。勝っても負けても、普段の生活ではなかなか得られない感情の起伏を感じることができます。
また、思いっきり感情を爆発させることで、普段の生活でも感情が豊かになったり、元気になったりすることもあると、お話しくださいました。
応援を続けていると、自然と大きな声で応援している自分に出会えるかもしれません。
「応援自体は体力向上に繋がらないけど、精神的な活力向上に繋がるのではないか」と言う工藤監督。昔スポーツをしていた人は、ぜひ観客席で選手たちを応援し、一緒にグランドを駆け回る感覚を思い出してみてください。
これまでスポーツをしたことがなかった人も、一生懸命に試合に挑んでいる選手たちを間近に見るだけで、何か熱い気持ちを受け取れるかもしれません。
応援するだけであれば、少し体力に自信がなくなっても始められ、続けることもできます。あなたの家の近くに公園やグランドはありませんか? 立ち寄ってみれば、色々なスポーツ団体が練習・試合をしているかもしれません。
「応援」はお金がかからず家の近所でできるということも、手軽に幸せを感じられるポイントです。
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今回の取材で共通していることは、あなたの起こす些細な行動が自分を幸せにし、周りの人も幸せにする可能性があるということです。
あなたは何に興味がありますか?
昔、はまっていたことは何でしょうか?
最近気になっていることは何でしょうか?
「あれかな?」と思うことがあったら、ぜひ少し勇気を出して行動してみてください。そして、誰かに共有してみたり、誰かを応援してみたり、少しだけその範囲を広げてみましょう。半径100メートルの身近な範囲で十分。それが、あなたの「地域活動」です。
地域活動とは、地域の人とつながったり、地域の人を笑顔にしたりする活動のこと。こういった「地域デビュー」が、きっと日々の景色をこれまで以上に色鮮やかにするはずです。
取材協力
【参考】最終確認日 2019年11月22日
出典*1): 「テレビ視聴時間と肺塞栓症リスク」
大阪大学医学系研究科公衆衛生学教室磯博康教授筆頭著者:白川透MD研究者(現在医師)
筆者:岩本和代